2009年1月23日(金)
今日、朝10時より昼まで大阪地裁603号法廷で初田被告の公判が開かれました。
一審での実質的な最後の被告人質問となります。議員団からは、石村・広瀬各議員も傍聴に来ています。実は、前回1月20日に初田被告が「証言を拒否する」という重要なできごとがありましたので、その続きが今日行われると思っていました。
しかし、検察官は、私自身が考えているシナリオとは違った展開で被告人質問を始めました。
検察官は平原元警部補が「清掃工場をとる」「このままだとダメ」と第1回目の入札にあたっての当時の状況を再現しました。初田被告は平原元警部補とのやり取りをすぐ中司被告に伝えたこと、入札状況の情勢判断は共通認識になっている旨の証言がありました。
実は、3日前の1月20日(火)初田元府議の公判が大阪地裁803号法廷で、朝10時から夕方まで開廷されたのですが、残念ながら私は午前中には団会議、午後から毎月定例の農業委員会会議が開催され傍聴に行くことができませんでした。
傍聴した友人からは閉廷後すぐ連絡をいただき、私と同じように毎回傍聴つづける市関係者にも、どのような公判内容であったか、お聞きしました。
それによると、その日の公判で一番の重要なポイントは、午後の後半で検察官が初田被告が受け取った3000万円は、中司元市長と平原大阪府警警部補に言ったのかという質問でした。平原大阪府警警部補には「言っていない」、中司元市長については「証言の拒否」をしたといことでした。そして法廷は、若干の質疑ののち、時間切れ閉廷したとのこと。
今日、検察官からの質問で初田被告の証言として、初田被告、平原元警部補、中司被告の3人は同じ認識に立っていたということが一つ確認されました。そして、そのほかにはこの間論議になっている「取り調べのやり方」についても質疑が交わされました。中司被告は被疑者ノートにその日の供述内容など毎日記録していました。初田被告には毎日の出来事を記したノート類はなく、記憶を思い出しての証言でしたので、明確に答えられた場合と記憶があいまいケースもありました。
裁判長からはダメ押し的に、初田被告が受け取った3000万円は「大林組で用意してもらい、受け取った」ことの初田被告人証言を確認しました。
また「わいろ」と「謝礼金」の認識の問題。「わいろ」は儲けがある場合はその一部をもらった場合で、「謝礼金」は儲けがない場合で「わいろ」にあたらないなどの証言がされました。そして3000万円の授受を「中司元市長は知らない」と証言し、前回公判での「証言拒否」とニュアンスが違う証言を行いました。
また、びっくりしたのですが別の裁判官からは、またも私の市議会本会議での質疑が紹介され、共産党の西村議員が議会で取り上げられたことについてどう思っているかの旨の質問があり、初田被告は「正直なことを言っている」と思ったとも証言された。
一部残していますが実質的には、中司被告、初田被告、小堀被告への被告人質問は終わりました。
2月2日は午前10時から初田被告、同じく午後2時30分は小堀被告、2月4日午後1時半からは中司被告の結審です。
一般的には結審では、検察側から懲役( )年などの刑が求められ、弁護側からは最終弁論が述べられ「無罪もしくは執行猶予付き判決」を期待する判決をと述べるのが通常です。判決言い渡しは、早ければ年度内の3月末といわれています。
少し延びるとの情報もあります。民事事件では、判決のみ言い渡して閉廷という場合がよくありますが、刑事事件では判決の言い渡しと同時にその理由が、裁判長から述べられます。
PHOTOは裁判所の入口です。背景は大阪地裁・高裁のビルです。土地は江戸時代、佐賀藩の蔵屋敷であったことの石標があります。