中学校教科書採択は日本書籍に決定
7月24日(金)
今年は4年に一度の各中学校で使われる教科書が決められる年です。侵略戦争を美化する教科書をつくる「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーが中心となって扶桑社の教科書と、自由社の教科書がつくられ発行されています。
この2つの教科書は、内容がほとんど同じで、日本の軍隊による中国や東南アジアへの侵略戦争が「自国を守る戦争であった。アジアを解放するための戦争だった」という見方が基調となっています。
7月24日開かれた枚方市教育委員委員会では、東京書籍発行の歴史教科書を採用すること決定しました。枚方市民からはこの2社の歴史教科書は歴史の真実を捻じ曲げているとして採用しないよう要望もされていました。歴史の真実を正確に公正に伝えないといけませんね。
さあー総選挙
7月19日(日)
7月21日にいよいよ国会解散の予定ですね。今の政治を変えるチャンスです。日曜日朝9時半に西村たけし事務所に37人(事務所のスペースいっぱいでクーラーも効きませんでした)が集まって「雇用の確保・生活の安定、核兵器をなくし、自衛隊の海外派兵をやめさせよう」と集まりました。後援会員さんも多数来られました。その中のおひとりが、共産党をもっと大きくしなければと入党してくれました。記念写真を撮ってブログに乗せてもよいとのことなのでパチリ。左から私、中央の人がその人です。そして黒田まさ子府議・山下京子衆議院国政対策委員長です。この日はもっと共産党を知ってもらおうと赤旗新聞も増やそうと頑張りました。午前中だけで11人の方が新たに読んでいただけることになりました。
昼食は京阪電車の特急電車の中で弁当を食べました。電車がすいていて、よかった。午後1時半から、大阪市内で小西和人さん(元週刊釣りサンデー編集長)を偲ぶ会が行われました。鰺坂 真関西大学名誉教授の呼びかけ人代表挨拶や小林つとむ弁護士など各界の方が参加されていました。
小西さんは外国には50カ国以上行かれ、魚を釣る竿を出された海・川・湖・ウオーターフロントは500か所を超えるほど世界の海などを観察し、かつ楽しんでこられた方です。世界中を釣り歩くなかで痛感されたことが日本ほど海・川・湖・ウオーターフロントをけがしている国はない・・・とのことでした。大阪湾から砂浜が無くなりほとんどコンクリート化している現状をなんとかしなくてはといつもお話されていました。去年の夏、借り切った船で小西さん案内による大阪湾めぐりをしました。あの時が小西さんとの最後の会話となりました。
とんぼ返りで、午後4時から京阪電車樟葉駅で仲間10人と「政治を変えましょう」と訴えをしました。多くの方から「頑張ってくださいね」と声をいただきました。夕方5時ごろから雷が鳴り、雨が降ってきましたので終了としました。熱い1日でしたね。
新型インフルエンザ、枚方市内で9人
7月14日
今日現在、市内での感染者は9人となっています。一時勢いが衰えたかに見えた新型インフルエンザでしたが、夏本番を前に再び流行の気配を見せています。帰宅時のうがい・手洗いをしっかりしたいと思います。府の新型インフルエンザ対策本部の決定で、7月14日(火曜日)から、新型インフルエンザに感染の疑いのある市民は、感染防止策を講じた一般の医療機関でも直接受診できるようになりました。ただし、一部受診できない医療機関があるとのことです。受診の前に医療機関に受診可能かどうかの確認してくださいね。
大きな経済被害を受けたのが神戸市でした。私は、神戸で新型ウイルス患者が発生したとき、その翌日に神戸に行きました。マスク姿の人々の列は何か異常を感じました。枚方でも今後、拡大していけば介護施設・障害者施設なども臨時休業しなければいけないし、その補償も問題になります。保育所なども大変です。保護者は共稼ぎ。「安心して休めるしくみ」も必要ですね。府と市の対策をもう一度チェックするつもりです。PHOTOは枚方保健所です。
元市長 山村富三さん
7月8日(火)
今日午後、枚方市内で議友会(枚方市会議員のOB会)の総会と懇親会が開催され、竹内市長と現職市議で各会派の代表が招待されました。私たちの会派からは、私が参加しました。市会議員OB会の会長は、山村富三氏(市議も経験)です。参加した現職市議の中でOB全員を知っているのは,河西市議(民主党)と私だけでした。 枚方の市長の歴史を少し振り返ってみますと、1951年から社会党推薦の市長が長く続きました。1967年、山村富三氏(当時社会党)と組織・政策協定を結んで共産党と社会党統一のはじめての革新民主市長を誕生させました(当時は社共統一がはやっていました)。政策協定の内容は、「1年に1保育所と1幼稚園の建設」「人口急増にみあった学校建設と体育館・プールをつくること」などでした。ところが山村市長3期目に枚方「黒い霧」事件が7月に発覚し市長は辞職。
私たちは、枚方市幹部職員の山本隆一さんを擁立しましたが惜敗。当時社会党推薦を受けた北牧一雄さんが市長になりました。その後、北牧さんとは4期目の1987年、私たちと6項目合意を行い共産党も与党になりました。大塩市長は全政党が与党となり1期で交代されました。その後1995年初めての保守系市長の中司宏氏(元自民党府議)が誕生しました。写真は、元市長の山村富三氏とのツーショットです。
7月1日
7月1日(木)
7月を迎えました。梅雨時、お変わりありませんか。月日が経つのがなんでこんなに早いのでしょうか。
今日の日本経済新聞に、国土地理院から最新の都市地域での地震活断層図をホームページに立ち上げたとの記事がありましたので、早速のぞきました。しかしなかなか、満足したものがアップされないので、枚方市危機管理室に内線電話して、私のパソコンにアップしてもらうことにしました。ところがその危機管理室も、私と同様にアップ途上だとのことでした。少し時間を割いていただき、私のパソコンに最新都市地域での活断層図が表示されるようになりました。危機管理室の職員の方、ありがとうございました。上図のPHOTOがその一部です。今年全国で、新しく活断層を指定された中に、枚方区域が1か所ありました。それもしっかりと記載されていました。
活断層上には、箱ものを作らない、個人の住宅の場合は必ず告知することなど言われていますが、何もつくらず公園などにすべきではないでしょうか。枚方市の場合、地震・災害時、一番の中枢になる枚方・寝屋川消防組合の中振中継所は、まさに活断層上にあります。これからも議会で指摘したいと考えています。




















